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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1423号 判決 1976年8月30日

控訴人 鈴木良

右訴訟代理人弁護士 畔柳桑太郎

同 畔柳達雄

同 中山雄介

被控訴人 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 谷信一

右訴訟代理人弁護士 飯塚信夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、金八四二万二、四四九円及びこれに対する昭和四七年一二月二一日以降支払ずみまで年六分の金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は主文と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和四六年七月中旬頃、訴外鈴木政則(控訴人の夫、昭和三一年以来生死不明)所有名義の東京都杉並区阿佐谷南三丁目六七五番宅地一二七・三九平方メートル(以下、本件土地という)を訴外森省吾に代金一、三五〇万円で売却し、同年一二月二〇日被控訴銀行池袋支店において、森省吾から内金一、〇〇〇万円の支払をうけた。

2  控訴人は、即日政則名義で右一、〇〇〇万円のうち九五〇万円を、期間一年、利息年五・七五%の約で被控訴銀行に定期預金(五〇〇万円、四五〇万円の二口)として預け入れた。

3  右元利合計は一、〇〇四万六、二五〇円となるところ、被控訴銀行は、そのうち八四二万二、四四九円の支払をしない。よって、右金員及びこれに対する右定期預金支払期日の翌日である昭和四七年一二月二一日から支払ずみまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人の答弁

請求原因1の事実のうち、控訴人が被控訴銀行において森省吾から一、〇〇〇万円の支払をうけたことは認めるが、その余の事実は知らない。2の事実は認める。

三  被控訴人の抗弁

1  被控訴銀行は、昭和四六年一二月二〇日森省吾に対し、金二、〇〇〇万円を利息年六・七五%、弁済期昭和四七年二月一七日の約で貸付けた。

2  控訴人は、即日被控訴銀行に対し、鈴木政則名義で、森省吾の右債務について連帯保証をし、主債務者の森省吾が右借金を支払わないときは、控訴人の保証債務と、控訴人の被控訴銀行に対する右定期預金債権とを、期限の如何にかかわらず相殺されても異議がない旨約し、さらに翌四七年七月一八日、控訴人は森の債務につき右定期預金に質権を設定した。

3  森省吾は、右借金に対し、昭和四七年五月二〇日に六〇〇万円、六月二日に一〇〇万円、七月一三日に五〇〇万円、以上合計一、二〇〇万円を支払ったが、残額八〇〇万円の支払をしない。

4  そこで、被控訴銀行は、昭和四七年一〇月二日、控訴人に対し、前記約定により、森省吾の借金残額八〇〇万円と、被控訴銀行が昭和四七年七月一四日控訴人に貸付けた五〇万円、以上合計八五〇万円を自働債権(別紙計算書二参照)とし、別紙計算書一の本件定期預金元利金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨意思表示をした。

5  よって、被控訴銀行の控訴人に対する本件預金元利金債務合計九六一万八、六八五円(別紙計算書一)は、八五〇万円の限度で消滅し、残額は一一一万八、六八五円となり、これに別紙計算書三のとおり戻し利息五、一一六円を加えた一一二万三、八〇一円が被控訴銀行が控訴人に返済すべき残額となるところ、これを控訴人の普通預金口座に振替入金して弁済した。よって、控訴人の請求する本件定期預金元利金債権はすべて消滅した。

四  抗弁に対する控訴人の答弁及び主張

森省吾が被控訴銀行から借金をしたことは知らない。控訴人が被控訴銀行から五〇万円を借り受けたこと、被控訴銀行主張の相殺の意思表示があったことは認める。控訴人が森省吾のため保証をし、また本件定期預金に質権を設定した事実は否認する。控訴人は、定期預金をするに際し、右預金のために必要だという被控訴銀行の行員の言を信じて、次々と差し出される十通前後の書類(不動文字だけ印刷されておりその他は白紙のもの)に署名押印をしたことはあるが、森省吾の保証人になって貰いたいと言われたこともなければ、承諾したこともない。控訴人は本件土地の買主たる森省吾から代金の支払をうけ、被控訴銀行の行員の勧めに従って、これを定期預金としただけであって、森省吾のため保証人となるいわれは全くない。仮りに右署名押印により保証契約ないし質権設定契約が成立したとするならば、

(イ)  別人格である鈴木政則名義をもってしたものであり、控訴人にその代理権もないから、効力を生ずるに由なく、

(ロ)  控訴人は定期預金をするに必要な書類と誤信してこれに署名押印したもので、右契約の意思はなかったものであるから、錯誤により無効であり、

(ハ)  また、被控訴銀行が控訴人の無知に乗じ、きわめて不利益、不合理な内容の契約をさせたもので、公序良俗に違反し、無効である。

五  右主張に対する被控訴人の答弁

控訴人の右(イ)(ロ)(ハ)の主張はいずれも争う。控訴人は、森省吾と本件土地に分譲住宅を建てて他に売却する共同事業をするため、森が被控訴銀行から融資をうけ、控訴人がその一部を本件土地代金として支払を受け、これを定期預金とするとともに、森の右債務につき連帯保証、預金質権設定をしたものである。右契約は、いずれも政則の名義を用いて控訴人が本人としてしたものであり、その間錯誤もなく、また公序良俗に違反するところもない。

理由

一  ≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は昭和二六年鈴木政則と結婚し、政則所有の本件土地上に建物を建てて居住していたが、昭和三一年に政則が行方不明になったため、控訴人は実家に寄寓し、前記建物は他人に賃貸し、昭和四二年頃からは生命保険の外交員をして生計の一助としていたところ、右建物が老朽化し、借家人も退去することになったのを機会に、本件土地を売却してその売得金で他に土地を求めて家を建てたいと考え、兄山本洪一の助言を受け、同人から、同人が以前建築を請負わせたことのある森省吾を紹介され、昭和四六年七月頃、控訴人は森に本件土地を代金一、三五〇万円で売却する契約をしたこと、森は本件土地に分譲住宅を建て土地付で他に売却する計画であったが、本件土地の代金については、控訴人は、森が自分で調達する資金で支払うと聞いており、それも同年一一月末日までに支払う約束であったのに、延び延びになったので、催促したところ、同年一二月二〇日に被控訴銀行池袋支店で支払うと言って来たので、同日控訴人は同支店に赴いたこと、以上の事実が認められる。

二  ところで、証人藤崎重幸の証言(後記措信しない部分を除く。)、控訴本人の供述、成立に争いのない乙第九、一〇号証(各定期預金証書)、甲第二号証(預り証)、原本の存在と成立に争いのない甲第七号証の一、二(各定期預金印鑑紙)、藤崎の証言により成立の認められる乙第一号証(取引約定書)、控訴人が政則名義の記名押印をした部分につき成立に争いのない乙第二号証の一(保証書)、乙第四号証(預金担保差入証)、乙第一一号証の一(根抵当権設定契約書)、同号証の二(委任状)、同号証の三(依頼書)、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一二号証(借入申込書)を総合すれば、以下のような事実が認められる。

森省吾は分譲住宅事業のため本件土地を控訴人から買い受けるについては、自己資金がないので、本件土地を担保として被控訴銀行から融資を受けることを企て、昭和四六年一一月頃被控訴銀行に二、〇〇〇万円の融資を申し込み、被控訴銀行はこれを承諾して、同年一二月二〇日右融資(弁済期昭和四七年三月三一日)を実行し(担当者、被控訴銀行員藤崎重幸)、森はそのうちから代金内金一、〇〇〇万円を前記池袋支店において控訴人に支払ったこと(右支払の事実は当事者間に争いがない。)、右融資については、被控訴銀行と森との間で、根抵当権の登記を猶予し、そのかわり控訴人の受け取る代金を定期預金とし、控訴人に森の右債務を連帯保証させるという話合いが控訴人の知らぬ間にあったので、藤崎は控訴人に対し、右一、〇〇〇万円を定期預金にすると有利であると言って勧誘したため、控訴人は定期預金は初めてであったがこれを承諾し、内金五〇万円を普通預金とした残金九五〇万円につき、政則名義で二口(五〇〇万円と四五〇万円)の定期預金として、年利五・七五%、期間一年の約をもって被控訴銀行に預け入れたこと(この定期預金については当事者間に争いがない。)、ところが藤崎は控訴人に対し、右定期預金手続のため必要な書類といって、根抵当権設定、連帯保証のための書類多数(いずれも不動文字以外は空白のもの)を一括して示し、多額の預金手続のため必要であると述べたほか何の説明もせず、もとより連帯保証書である乙第二号証の一記載のような保証の依頼もせず、各書類に政則名義の記名押印を求めたので、控訴人はこれを信用し、内容を読む余裕も気持もなく、意味も分からずに前出甲第七号証の一、二、乙第二号証の一、乙第四号証、乙第一一号証の一、二、三等に記名押印したこと、そして右定期預金証書は盗難防止のため被控訴銀行に預けたこと、以上のとおり認められる。

さて、定期預金のためにしては記名押印した書類が多数であり、特に乙第二号証の一の表題が「保証書」となっており、また控訴人が保険外交員をしていて、ある程度は金銭や文書の取扱の経験があるからといって、銀行の金融取引はもとより定期預金も初めてである控訴人が、前記認定の状況のもとに、事前に何の交渉や説明もなく前記各種の書類に記名押印を求められれば、その中に本件土地の買主である森の債務のために連帯保証する文書が含まれていると考え及ばなくても無理からぬものというべく(土地の売主が、代金を支払った土地の買主のために、その代金の資金たる買主の借金を保証するということは、きわめて異例なことであり、本件の場合も控訴人が森のため保証する何の義理もないといわなければならない。)、したがって控訴人は右記名押印により森の債務を連帯保証したり、該債務のため本件定期預金に質権を設定したとは到底認めることはできない。証人藤崎の証言中右認定に反する部分(特に控訴人が森と分譲住宅の事業を共同して行っていたかのような趣旨の部分及び乙第四号証が昭和四七年七月作成された旨の部分)は措信できず、他に控訴人の連帯保証の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  そうすると、被控訴銀行がその主張のように、森の残債務についての控訴人の保証債務があるとして、あるいは本件定期預金に質権が設定されたとして、本件定期預金元利金について相殺しても、その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。なお、乙第九、第一〇号証の裏面に本件預金元利を控訴人が政則名義で受領した旨の文言及び記名押印があるけれども、これにより控訴人が被控訴銀行のした相殺による決済関係を認めたものでないことは、右記名押印は控訴人が定期預金成立の際にあらかじめしたもので、そのままその預金証書を被控訴銀行に預けたものであることが控訴本人の供述により認められることからみて、明らかである。

四  よって、本件預金合計九五〇万円の元利金(請求原因3)中、金八四二万二、四四九円及びこれに対する昭和四七年一二月二一日以降支払ずみまで年六分の遅延損害金の支払を求める控訴人の本件請求は理由があるから、これと結論を異にする原判決を取り消して、右請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正二 裁判官 小堀勇 奈良次郎)

〈以下省略〉

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